本を出す方法 出版寺子屋

このブログでは、本を出す方法を、 丁寧にお伝えします。 商業出版で本を出すことを目指します。 また、 「誰でも本を書ける」 「誰でも本を出せる」的な無責任な言葉で、 高額な出版プロデュースに 誘導するようなこともいたしません。 このブログは、 そのような怪しさとは一切無縁です。 そのことは、ハッキリとお約束します。

手塚先生と出会った日 目高手低 

こんにちは、

のんびり出版プロデューサーの、

おかのきんやです。

 

きょうは、出版で大切な、

目高手低

ということについてお話しさせていただきます。

お役に立てば幸いです。

 

さらに、

私が手塚先生と、

初めてお会いできたときの、

エピソードも書かせていただきます。

 

「目高手低」

 

手塚先生が漫画家志望者について、

述べた言葉。

 

 

 

 

(^-^)ノ

【手塚先生と出会った日】

 

私が高校生の頃の話です。

 

夏休みのある日、

伝説のマンガ雑誌『COM』の主催で、

手塚治虫先生を囲む会がありました。

 

『COM』は、

手塚先生が出版されていた、

漫画家と、漫画ファンのための、

革新的な雑誌でした。

 

手塚治虫先生に会えるなんて、

まさに夢のような会です。

漫画少年である高校生の私は、

ワクワクいそいそと出かけました。

真夏だったので、

麦わら帽子をかぶっていた記憶があります。

 

会場は、確か「滝野川文化会館」、

という所だったような気がします。

 

会場に一歩はいると、

1000名ほどの手塚ファンの熱気で

みなぎっていました。

ファンクラブを仕切る会長と、

そのグループが最前列に陣取っています。

 

ファンといっても、

ふつうの愛読者ではありません。

ほとんどの人が漫画家予備軍でした。

 

壇上に、手塚先生が登場。

まるで、

コンサート会場のような

どよめきが起こりました。

 

壇上には、

手塚プロの関係者や、複数の漫画家もいました。

 

手塚先生への質問コーナーがはじまりました。

 

最前列のファンクラブの人たちが、

次々にものすごい勢いで手を挙げ、

質問を開始しました。

 

その内容は、質問というよりも、

漫画界への批判や不満がほとんどでした。

当時、学生運動が盛んで、

若者はどの世界でも、

攻撃的で過激でした。

妙な熱さがありました。

 

 私は後ろのほうで、

その様子を静かに傍観しているだけでした。

手塚先生に会えただけで、

胸がいっぱいになっていました。

手を挙げて質問するなんてことは、

考えもしませんでした。

 

 

 

(^-^)ノ

会が終わり外に出ると。

 

ファンクラブの人たちが

色めきたっていました。

なんでも、

手塚先生が別の場所で二次会をやる、

という情報を得たとのこと。

 

「タクシーで追跡し、

その二次会に参加させてもらおう」

というような、会話が聞こえました。

 

「手塚先生が裏口から、

今、タクシーに乗ったぞ!」

ファンクラブのひとりが、

紅潮した顔で、会長に報告しました。

 

会長たちはすぐにタクシーを

何台かつかまえ分乗、

幹線道路に飛び出していきました。

 

(^-^)ノ

【手招きの主は・・・!】

 

 私は幹線道路沿いの歩道を、

ひとりで歩き、駅に向かっていました。

 

 すると突然、

後ろから走ってきたタクシーが

私の横に停まりました。

後部ドアが開きました。

 

「あなた、いらっしゃい。

そこの、麦わら帽子を

かぶったあなたいらっしゃい」

 そう言いながら、

タクシーの中から手招きしているのは・・・。

 

なんと、

手塚先生だったのです!

 

漫画の神様が、

私に話しかけている、

現実とは思えず、頭が空白になりました。

 

「え、ぼ、僕ですか?」

「そうです、あなたです。

これから二次会をやりますから、

一緒に行きましょう。

さあ乗ってください」

 

 現実とは思えない展開に、

私は同乗するのを躊躇しました。

 

そのとき、

会場帰りのファンの人たちが

手塚先生を見つけました。

辺りは騒然となり、

その人たちが、

一斉に駆け寄って来ました。

 

「あなた、急いで、急いで」

と手塚先生。

 私はあわてて、そのタクシーに乗りこみました。

手塚先生の横には、

どなたかがいたので、私は助手席に座りました。

 

 

 

タクシーの中でのことは、

まったくおぼえていません。

ただただ、呆然としていました。

 

10分ほど走ると、

とある中華飯店の前に停まりました。

 

手塚先生の後に続き、

店の人に案内された部屋に入りました。

20人ほどの人々が

すでに丸いテーブルについていました。

手塚先生の姿を見ると、

一斉に拍手です。

 

「やあ、やあ、どーも、どーも、お疲れ様でした」

と答える手塚先生。

そのうしろで私がキョトンとしてると、手塚先生は、

「まあ、まあ、まあ、まあ、

どーぞ、どーぞ、どーぞ、どーぞ」

と早口で言いながら、

そのへんの席に私を押し込んでくれました。

 

二次会では、

手塚先生が、その日の会について、

感想をみなさんに話されていました。

 

(^-^)ノ

【目高手低】

 

「最近の、漫画家志望の若い人たちは、

目高手低ですね」と、手塚先生。

「目高手低」初めて聞く言葉でした。

 

そのときの、手塚先生のお話を要約します。

 

今日の、

ファンは、漫画や漫画家に対して、

重箱の隅を突くような批判や質問が多かった。

 

そのくせ、自分たちが描く漫画は、

とても未熟だ。

 

漫画を批評する、評論家的な「目」は高いが、

漫画を描く能力「手」が低い。

だから、「目高手低」である。

 

もし、彼らが本気で漫画家を目指すのなら、

もっと、クリエイティブなことに目を向けるべきだ。

というようなお話でした。

 

「目高手低」これは、どの世界にもいえることです。

 

出版もまさにそうです。

企画のセミナーなどが、盛んに催されています。

でも、そのノウハウに余りにもとらわれないことです。

 

ノウハウ以上に、

クリエイティブな心を育てることが大切です。

 

 

(^-^)ノ

【夢のような幻のような】

 

 私は、皆さんに紹介されるわけでもなく

意見を求められるわけでもありませんでした。

かといって、無視されているわけでも、

不審がられているわけでもありませんでした。

 

違和感なく混ぜていただいていました。

その、雰囲気のおかげで、

緊張せずにその席での、

皆さんの会話を楽しむことができました。

 

 あらためて会場を見回すと、

伝説の漫画家・永島真二先生。

 

そして私の隣には、知る人ぞ知る、

天才、矢代まさこ先生がいたのです。

矢代先生は、今や巨匠の萩尾望都先生に、

強烈なインパクトを与えた、

まさに伝説の少女漫画家です。

その、矢代先生と、

直接お話をすることができたのです。

 

さらに、後に

『ジャングル大帝』や『宇宙戦艦ヤマト』を

手がけることになる

アニメ界の大御所、

山本瑛一氏など、

そうそうたるメンバーがそろっていました。

 

 そのときの私の状況。

たとえてみれば、

映画ファンの少年が

スピルバーグやルーカス、

コッポラのいる二次会に

混ざってしまったようなものです。

 

デジタルファンの少年が、

スティーブ・ジョブズや

ビル・ゲイツのいるパーティーに

混ざってしまったようなものです。

 

 会は2時間ほどで終わりましが、

その場からどうやって帰ったのかまるで記憶にありません。

手塚先生にはきちんと

お礼の挨拶をしたと思うのですが、

それも思い出すことができません。

 

 今思い返してみても、

なぜ私が手塚先生に

声をかけられたのかわかりません。

 今となっては、

あのこと自体が私の妄想だったのかな

と思うくらいです。

なぜなら、あのとき手塚先生をはじめ、

いろいろな先生方に

サインをもらうこともできたはずです。

それなのに、

そういうものがひとつも残っていないのです。

 

それがあれば、

あの出来事が現実だったと

証明できるのですが……。

 

 それにしても、

せっかくのチャンスだったのに、

なぜ私はサインをもらわなかったのでしょう? 

 

 そのようなことをしたら、

その場の雰囲気を壊してしまうから

遠慮しておこうという、

大人の考えもありませんでした。

 

 じつはサインをもらうことを

思いつきもしなかったのです。

 

 ファンクラブの人たちのように、

サイン用の色紙を抱え、

鼻息荒く手塚先生を追いかけていたら、

あの席には招かれていなかったかもしれません。

 

なぜ手塚先生が、

まるで目立たなかった私を誘ってくれたのか、

今、わかったような気がします。

 

それにしても、

夢のような幻のような出来事でした。

 

いかがでしょうか。

きっと、みなさんの、クリエイティブな部分が

触発されたのではないでしょうか。

 

それでは、また、お会いしましょう。

さよなら(^-^)ノさよなら(^-^)ノ

 

   おかのきんや拝